近年、企業のIT環境はオンプレミスからクラウドへ、物理から仮想へと大きく変化しています。それに伴い、データの保護手段も進化していますが、「バックアップ」は今なお、システムを守る最後の砦として重要な役割を担い続けています。
本シリーズでは、企業インフラの実務に役立つバックアップの考え方やツールの選定方法、ベストプラクティスまでを段階的に解説していきます。初回はその基礎となる「バックアップとは何か?」から出発しましょう。
バックアップ=「データのコピーを、安全に別の場所へ保管すること」
バックアップとは、万が一データが失われた場合に備えて、そのデータを事前に複製・保存しておくことです。
この保存場所は、障害や災害などの影響を受けない「別の場所」であることが原則です。
保存対象はファイルデータだけでなく、仮想マシン(VM)、OS設定、アプリケーションの構成情報、ライセンスファイルなども含まれます。
企業システムの冗長性を高めるためには、こうした構成要素すべてを「何が起きても元に戻せる」ように保護する必要があります。
RAIDとバックアップの違い ― よくある誤解
バックアップと混同されがちなのがRAID(Redundant Array of Independent Disks)です。
RAIDは主にハードディスクの物理的な冗長性を確保する仕組みであり、バックアップの代替にはなりません。
比較項目 | RAID | バックアップ |
---|---|---|
主な目的 | 可用性の確保・運用継続 | データの保護・復旧 |
保護範囲 | ディスク単体障害 | 人為的ミス・論理障害・ウイルス・災害など |
保存場所 | 同一筐体または同一ストレージ | 異なる筐体、別データセンター、クラウド |
リストア可否 | RAID崩壊時は不可能 | 別環境への復元が可能 |
たとえばRAID5構成であっても、2本同時にディスクが故障すれば即アウトです。
さらに、RAID環境であってもランサムウェアに感染すれば、複製された全ディスクが一斉に暗号化されてしまうリスクもあります。
なぜバックアップが必要なのか?4つのリスク要因
- ハードウェア障害
- サーバやストレージの物理障害は予期せず発生します。メーカー保証があっても、データそのものは戻ってきません。
- 人為的ミス
- 社員による誤操作で重要なフォルダを削除、上書き保存による古いデータの消失など、最も多いバックアップ発動事例です。
- サイバー攻撃
- ランサムウェアやマルウェアによるデータ暗号化・破壊行為は年々増加。特にファイルサーバやNASが狙われやすいです。
- 自然災害・火災・水害
- サーバルーム自体が被災すれば、オンプレミスの全データが一瞬で消失。北海道地震や台風被害なども例外ではありません。
これらのリスクに備える唯一の手段が、「確実にリストアできるバックアップ」なのです。
どこまでやるべきか?企業バックアップの設計思想
バックアップの設計では、次の3点が特に重要になります。
1. RTO(目標復旧時間)とRPO(目標復旧時点)の定義
- RTO(Recovery Time Objective):どれくらいの時間でシステムを復旧させる必要があるか。
- RPO(Recovery Point Objective):どの時点までのデータを復旧できればよいか。
これらの要件により、日次/時間単位のバックアップ、スナップショット頻度、レプリケーション設計などが変わります。
2. オンプレとクラウドの適材適所
ファイルサーバのバックアップはオンプレ、基幹DBはクラウドへ多重化するなど、バックアップの多層構造が求められます。クラウドと帯域制限の兼ね合いも重要です。
3. リストアテストの定期実施
「ちゃんと取れているか」だけでなく、「ちゃんと戻せるか」を検証しておくこと。これが運用の信頼性を大きく左右します。
バックアップは「保険」であり「投資」
バックアップの費用は確かに無駄に見えるかもしれません。しかし、それが必要になる瞬間は必ず訪れます。
事実、IPA(情報処理推進機構)の調査では「約40%以上の企業が、過去3年以内にデータ消失を経験」しています。
そのときの損害額は、数百万円から数千万円、業務停止期間は平均3.1日という統計もあります。
これはもう、“備え”ではなく“責任”の領域です。
まとめ:まずは「バックアップの目的と違い」を押さえる
バックアップは
- RAIDとは全く異なる
- データ保護における最も基本的かつ重要な対策
- ランサム、災害、人的ミスなど多様なリスクに対する防御策
であることを押さえることが、法人ITインフラ設計の第一歩です。